あの夏の青、オートバイの旅

夏が近づくと、思い出す景色がある。
水面に映る空の青と、木々の緑。
鏡のようにきらきらと反射する、鮮やかで幻想的な世界。
今も、これからも忘れることのない、たったひとつの風景だ。


「ツーリングで日本中をめぐりたい」そう思い立ったのは25歳のころ。
以来、北海道、東北、信州とまわり、
「次は琵琶湖一周だ!」と意気込んで滋賀県に出かけたのは、5年前の7月だった。


琵琶湖の南から北に向かうコースで、
瀬田の唐橋、さざなみ街道と観光スポットをめぐる。


「そうだ、ツーリング仲間に聞いた鯖寿司のおいしい店にも寄ってみよう」
琵琶湖の北端に差し掛かるころ、「鯖寿司」と書いた青いのぼりが見えてきた。
お店に入り、ショーケースにずらりと並ぶ鯖寿司を物色していると、
店長らしき男性に声をかけられた。


「琵琶湖一周ですか?ちょっと寄り道にはなるけど、
ここまで来られたのならぜひ余呉湖も見て行ってください」


なんでも、琵琶湖のすぐ上にもうひとつ小さな湖があるらしい。
旅の醍醐味は寄り道だ、そう信じている僕は、
竹皮に包まれた鯖寿司を買って余呉湖に向かうことにした。


道端で咲き誇るアジサイを横目に、
早くも「遠回りしてよかったな」そう思っていると…
次の瞬間、目の前に現れた景色に一瞬にして心を奪われた。


満々と水をたたえる湖面に、青、水色、藍、緑、深緑 ——
鮮やかな初夏の風景をすべて流し込んだように、
あらゆる色が混ざり合い、きらきらと光っている。
吸い込まれるような美しさに、思わずバイクを止めてしばし見惚れた。


湖畔の公園で、景色を眺めながら買ってきた鯖寿司を頬張る。
脂が乗ったしめ鯖の旨味、シャキシャキした生姜とさわやかな大葉の香りが重なって、
鼻の奥にスーッと抜けていく。
目の前の景色まで丸ごと味わっているようで、胸がいっぱいになった。


あれから5年。
毎年夏になると、思い出の鯖寿司を取り寄せて味わうようになった。
一口頬張るごとに、初夏の風と鏡のような湖の景色が目の前によみがえる。